教える力(2) どんな思いで小テストを実施していますか?

昨日の授業。

小テストの結果が散々なクラス。1回目の小テストだからこそ、本気で言った

ちゃんと、勉強したんか?小テストやからといって、軽くしか勉強せえへんかったんとちゃうんか?

(1) 1回目の小テストに対する評価が生徒を成長へと誘う

小テストの採点の後、「お前何点やった?」や「おれ、最悪~1点(笑)」など、多少のざわつき。この状態を許すか許さないか、これで今後の勉強に対する取り組み方が変わる

 

「次、がんばれ」

この言葉は非常に無責任な言葉だ。もし、次も点数が低かったらどうするのか?

 

 1回目の小テストが終わったタイミングでかける言葉は「先生自身のストレートな思い」だ

 

(2) 練習をさぼる奴が、本番で使ってもらえるの?結果、出せるの?

私は必ずたとえ話をする。

「もし、君たちが部活でサッカーをしていたとする。練習をさぼっている奴が、本番の試合で使ってもらえる?無理だよね。練習をしっかりしているから、チャンスが回ってくるだよね。小テストも同じとちゃうん?入試で志望校に合格するためには、普段からの小テストや授業態度、提出物などが大事とちゃうん?」

クラス全員が一心に私を見つめる。

 

(3) 言い訳するな!

さらに、戦略的にこう伝える。

『前回休んでいたから小テストの範囲がわからなかった』はただの言い訳。授業に臨む姿勢が作れていない。

「『時間がなかったから、忙しかったから』も言い訳。『忘れていた』など論外。意識が低すぎる。英語が苦手でこの講座を取っているはずなのに、英語ができない理由を他のせいにするな!ちゃんと自分と向き合え!

 

(4) 「8割で合格」は甘すぎ!

文章にすると言葉がきついように感じるが、最初にここまで言っておく。さらに。合格点も満点。8割合格じゃない。

ファーストフードで100点満点のおいしさの商品を出してこそ「当たり前」。「レタスがない」「ベーコンがない」ではクレーム。信用問題になる。それと同じ。

だけど「この子は英語が苦手なのだから、少しきつく言ったら自信をなくすので」と考えている方。そのままの状態で社会に出してください。苦労するのは「その子」ですよ。

 

■6月24日(土)「(10名限定)あなたの思いが伝わる話し方セミナー」(天王寺)9:40~11:50

 

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授業観を明確にすることが生徒の成長を促す

新年になって、再度「授業観」について考え直したいと感じました。

(1)授業観とは?

 

授業観とは、「どういう目的で授業をするのか」ということです。

これは、「私自身がどういう思いで生徒・学生の前に立っているのか」ということです。

(2) 私の授業観

カリキュラム〈 成長=気づき⇒行動⇒喜び

これが、私の「授業観」です。

 

■カリキュラム優先ではない

 

カリキュラムを優先するよりも、「今、目の前の生徒・学生たちに必要なことを提供」する。

「本当は、ここまで進みたいんやけど」ではなく、「ここで、このことをしっかりと伝えなければ」という思いを優先します。

■授業は「成長のきっかけ」

授業ですべて教え込んでしまうのはよくありません。

 

「教え込む」のではなく「考えさせる」、「考えさせる」だけでなく「気づかせる」。

なんでもかんでも説明すれば良いわけではありません。

生徒・学生自身に説明させれば良いのです。そういう場面も必要なのです。

「伝える」のではなく、「伝わる」授業

そして、授業が終わった後、全員が「やるべきことが分かっている」「なぜそれをすべきかが分かっている」「何が足りていないのかが分かっている」、この状態を作り出すことが必要です。

【教育ブログ】塾講師検定資格保有者だから安心か?

先日、教育業界に新たな一石を投じる記事が掲載されました。

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6172111

塾講師を国家検定に 信頼性向上狙い17年にも

 塾講師の検定を「国家検定」にする準備が進んでいる。指導力を保証して信頼性を高めたい塾業界と、サービス業の質を上げたい国の思惑が背景にある。2017年にも実現する見込みだが、受検はあくまで希望者のみ。どこまで普及するかは不透明だ。(朝日新聞デジタル)

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「塾講師検定」では何が評価されるのでしょうか?

また、資格保有者の授業は安心できるのでしょうか?

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以下は、「塾講師検定」を主催している公益社団法人全国学習塾協会ホームページからの引用です。

■塾講師には「個別生徒の状況に応じて臨機応変に対応する能力」等が不可欠であり、塾講師の個性なども重要視されますが、本検定試験では、学習塾講師が身につけるべき事項のうち『共通して求められる知識・技術・能力』、『客観的に判断しうる知識・技術・能力』を対象範囲に限定します。
■映像によって評価者が審査を行う検定試験の性質上、本検定試験の評価対象は『塾講師の行動』となります。つまり、知識・能力・技術が行動に現れていない場合は評価しません。塾講師の「意識」も行動に現れている場合のみ評価するものとします。

これを読んで理解できる部分が以下の通りです。

⑴ ベテラン講師ではなく学生講師または講師を始めて3年くらいまでの方を対

⑵ 学力的知識の測定

⑶ 板書、発問など、いわゆる授業スタイルの測定

つまり、この検定は「客観的に測定可能な項目」を確認しているのだと私は感じます。

確かに、以前私が関わっていた採用試験では、makeの過去形をmakedと書いていた学生がいたのを思い出しました。

こんな学生から子供が教えられたらたまったものではありません。

また、子どもと向き合わず、ホワイトボードとばかり対話しているような先生もダメですね。

私はこの検定の主旨には大いに賛成ですし、

ある程度「世間に認められる塾講師の最低限の基準」が明確になったことで、塾側も講師育成の方向性がある程度見えたはずです。

しかし「学力的知識=講師の力量」ではありません

授業というのは数値では測定できない要素から成り立っている部分も大きいので、

先輩ベテラン講師から話を聞いて教壇に立ってほしいものです。

でも、その先輩ベテラン講師も大丈夫かな、と心配になりますが。

【教育ブログ】子どもが主体的に学ぶとはどういうことか?

こんにちは。

WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

最近は、ほぼ1週間ずつのブログ掲載となってしまい申し訳ございません。

私は、普段から教育の現場でも講師として仕事をしています。

舞台は、塾・予備校・高校・短大・大学です。

授業や授業の打ち合わせでよく出てくるのが「子どもたちが主体的に学ぶ」

という言葉です。

■主体的に学ぶとは?

学校教育法などを読むと、「主体的に学ぶ」というのは、簡単に言えば、

「自ら課題を発見し、これまで学んだ知識や技能を生かし、自ら課題を解決する」

ということです。

それが、もっと規模を大きくすれば、「日本の社会を作っているという責任」と

「世界の文化や歴史、多様性を理解すること」につながります。

■授業は主体的ではないのでは?

授業をしていると一番困るのがこの「主体的に学ぶ」です。

例えば、英語の授業を取り上げてみましょう。

私が担当している大学入試の話をします。

大学入試で点数を取るためには、

「単語」「熟語」「文法・語法」「会話表現」「長文読解」「リスニング」

などの勉強が必要です。

これらは、どちらかと言うと

「覚えておいで!来週テストするよ」の詰込み型教育です。

もちろん、授業では問題演習を通じて、理屈も教えていきます。

だから、真面目に勉強していれば「知識」が身に着きます。

しかし、「『知識』を使って主体的に勉強しよう」と言っても、

はっきり言って授業にはなりません。

下手をすれば「主体的=思い思いのことを言う、考える=騒がしくなる」となり

収集がつかなくなります。

当然、時間も足りなくなります。

指導すべきことに時間を割くことができません。

クラスの中にも様々なレベルの生徒がいますので、

そもそも基礎的な知識をそれほど持っていない生徒もいます。

そのような状態で「さあ、主体的に取り組もう」と言っても限界があります。

一体、文部科学省は「どのレベルの学校」を想定しているのでしょうか?

恐らく、中学校や高校での主要科目は「知識偏重型」とならざるを得ません。

大学受験をゴールとしないならば、様々な面白い授業ができます。

きっと、英会話だってできるでしょう。

もっと実用的な勉強ができるかもしれません。

まだまだ、私も子どもたちを主体的に学ばせられていません。

今後、様々な工夫が必要です。

どなたか、大学入試でも結果を出している、それほど有名ではない高校で主体的に学ばせている講師を

ご存知であればご紹介ください。

授業は投資

先日、学生たちに「授業は投資」という話をしました。

「授業は受けるもの」ではないのです。受けて当然です。

それ以上に大事なのは「授業で学ぶこと」です。

授業で学んだことは、今後の人生において必ずリターンのあるものです

リターンがあるから投資です。

しかもそのリターンは計り知れないくらい大きいです。

ハイリスクハイリターンな投資ではないです。

しかし、学生はそんなことには気付いていません。

気付いていないのも無理はありません。

なぜならば「授業は投資」ということを誰からも教えてもらっていないのですから。

せいぜい、「出席してレポートを書いて期末テストで合格し、単位をもらい就活をし、卒業すれば良い」ほどしか考えていないようです。

教える側の責任も大きいですね。

なぜ塾の先生は一般的に授業がうまいのか(12)-学力格差の克服-

おはようございます。WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

昨日はとある高校にて「大学と高校の授業の違い」について講演をしてまいりました。

どの生徒も熱心にノートを取り、

また積極的にアクティブ・ラーニングにも取り組んでくれました。

授業の主導権は先生にありますが、

主体性を発揮するのが生徒ですので、

両者がかみ合うととても活気のある授業ができます!

■学力がバラバラなクラスを担当する場合に何を心がけるか

(1)多角的評価

私は個人的にこう考えています。

「『学力が低いクラスは授業がしんどい』というレッテルを貼るな」

だから、私は学力が低いクラスでも十分生徒をやる気にさせて帰らせることができます。

なぜならば、きちんとした理由があるからです。

単に「『学力』が低い」だけであって、

「『学力以外』は高い」ものがあるからです

例えば、

「運動能力」

「新しいIT機器を使う能力」

「漫画について良く知っている能力」

「料理が得意な能力」

「気遣いができる能力」

「アイドルをよく知っている能力」

「歌唱力」

「ゲームが上手な能力」

など、「勉強」以外にもそれぞれ「すばらしい能力」があるはずです。

だからこそ、

先生はその子の「すばらしい能力」を見つけて褒めてあげる必要があるのです

「学力が低い=勉強ができない=忘れ物が多い=やる気がない」

そんなに簡単にイコールで片付けて良いものでしょうか。

(2)学力格差のあるクラス運営

大きな塾ならば1つの学年でも学力別にクラス分けがなされています。

小さな塾ならばクラス分けができないので学力格差のあるクラスが1つあるだけです。

もし、あなたが学力格差のあるクラスの授業を任された場合、

どうやって授業をしますか。

「学力が低い層に合わせる」⇒上位層が授業をつまらなく感じる

「学力が高い層に合わせる」⇒下位層が授業にちんぷんかんぷん

「学力が中くらいの層に合わせる」⇒上位層は「ものたりなさ」、下位層は二極化(頑張るか、あきらめるか)

だから、私は、「先生に合わさせる」ようにします。

つまり、先生の説明の仕方を「下位⇒中位⇒上位」の3段階にするのです。

しかも、テキストも工夫します。

できるだけ板書を少なく、

ポイントをまとめたものを先に配布しておくのです。

そうすることで、

下位層の脱落を防ぎ、最低限身に付けなければならないものが明確になります。

授業ではワンランク上の授業展開をすることで、

適度なストレス(負荷)を与えることができます。

「もう少しでできそう」

そう思わせることで、学力は向上します。

なぜ塾の先生は一般的に授業がうまいか(11)―授業で何を見ているか―

おはようございます!WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

今日は滋賀県にある高校で大学入学者前講習の授業です。

大学と高校の授業の違いをアクティブ・ラーニングの要素を取り入れての授業になります。

このアクティブ・ラーニングは
今後の日本の教育現場では盛んに取り入れられるようになるでしょう。

また、
私の得意分野でもありますので、
今日の授業は大いに楽しみたいと思います。

■授業で何を見ているか?

学校と塾との大きな違いは、
「先生と生徒との接触時間」です。

学校は1週間に5日、
部活も入れたら毎日顔を合わすこともあるでしょう。

しかし塾は違います。
受験生でもなければ、
週に2回来る程度です。

しかも塾には、
学校のようなホームルームはありませんので、
週に2回来ていても、
先生と生徒が顔を合わせる機会はそれほど多くありません。

だからこそ「変化」に気づかなければなりません

(1)良い変化

これはもちろん「学力面」の変化です。
・模試の結果よりも週ごとの変化
・モチベーションの高まり
・顔つき
・板書を写すスピード
・聞く姿勢
など挙げればキリがありません。

しかし、
授業が下手な先生は
「良くないこと」ばかりに目がいきます

これは下手な先生に限ったことではありません。

大人は褒めるのが下手です。
子供や部下の悪いところばかり目がつきます。
そして、ついつい自分と比べて愚痴をこぼします。

しかし、
授業が上手な先生や尊敬される上司は、
「褒める」のが上手です。

(2)悪い変化

塾の先生としてもう一つ敏感にならなければならないのが「悪い変化」です。

成績が落ちてきた場合、
その分析が必要です。

「勉強量」だけの問題ではありません。
子供を取り巻く環境の変化にどれだけ気付けるか、それをうまく親に伝えられるかが講師の力量です。

なぜ塾の先生は一般的に授業がうまいのか(10)-誰を当てるか、なぜ当てるか-

おはようございます。WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

私は極度のコーヒー中毒です。

しかも、豆を買って自分で挽いて飲むくらいです。

さらに、ブログ(http://ameblo.jp/kingblend/)で知り合った焙煎士さんから豆を買うようにしています。

そこの豆はとてもこだわりがあり、また毎回、コーヒー豆と一緒にコーヒーに関するちょっとした説明も同封してくれています。

だから、山口焙煎士からコーヒー豆を買います。

あなたにも「この店で買う」「この店に行く」というようなこだわりがありませんか。

しかも、その「こだわり」には「理由」があるはずです。

これは授業で「誰を当てるのか」「なぜ当てるのか」とも同じなのです。

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■誰を当てるのか、なぜ当てるのか

私は今でも入社当時の研修で言われた言葉を覚えています。

「なぜ、あの子を当てたの?」

私は「えっ」と思いました。

そもそも「人を当てる」という経験はありませんでした。

せいぜい、学校の先生に「当てられる」くらいでした。

小学校や中学校の時には、

・出席番号順で当てられる

・教室の左端の前から当てられる

・日付が17ならば、出席番号17番から当てられる

などが強く印象に残っている当てられ方でした。

だから、「適当に当てればいい」という感覚でした。

(1)誰を当てるのか

現在は主に高校生、大学生を相手に指導していますが、授業で積極的に挙手する子はほとんどいません。

これは大人相手にセミナーをやっていても同じです。積極的に手を挙げる大人はほとんどいません。

しかし、授業は「相互コミュニケーション」、分かりやすく言えば「会話」です。

私が一方的に話していても仕方ありません。

【当てることで得られる効果】

・きちんと内容が理解できているかどうかの確認

・授業への参加意識の確認

・授業中の緊張感の演出

・集中力が切れかけている生徒の救済措置

・生徒生徒自身が考えるチャンス

では、私は誰を当てるようにしているのか。

最終的には「全員」を当てますが、当てる際にもいくつか演出をします。

 ① 比較的簡単な問題 ⇒ 学力が厳しい子、または、学力が高い子

 ② 比較的難しい問題 ⇒ 学力が高い子、または、学力厳しい子

 ③ 発想力が問われる問題 ⇒ 普段からクリエイティブな思考をする子

 ④ 集中力が切れて眠りかけている子

 ⑤ 私のことをあまり気に入ってくれていない子

では、その理由を次に説明します。

(2)なぜ、当てるのか

 ① 比較的簡単な問題

机間巡視をした時に、真っ先に学力が厳しい子のもとの解答をチェックします。

比較的簡単な問題なので、ある程度説明で「誘導」をしておきます。

だから、学力が厳しい子でも正解する確率は高いです。

そこで「学力が厳しい子」を当てます。

【理由】学力が厳しい子に「自信」を持たせるため

しかし、「学力が高い子」にも当てます。その時は、「解答が間違っている」場合です。

【理由】自分の足元である基本をしっかりと見直しさせるため

 ② 比較的難しい問題

こちらも机間巡視をします。そして「学力が高い子」を当てます。

【理由】さらに自信をつけさせるため

しかし、敢えて「(偶然でも)正解している」学力が厳しい子を当てます

【理由】①以上に達成感が得られ、自信が得られ、モチベーションが上がるから

 ③ 発想力が問われる問題

これは普段からクリエイティブな思考をしている子に当てます。

この子たちは一般的に間違うことを恐れません。

しかも、不正解の場合でも「笑い」がとれる答えを発することが多いです。

また、不正解でもそれがヒントとなって話が膨らんでいきやすいです

 ④ 集中力が切れかけている生徒の救済措置

【理由】当てることで自覚するから

 ⑤ 私のことをあまり気に入ってくれていない子

【理由】当てることで、距離感を縮めたい気持ちがあります。

恐らく、当てても答えてくれません。しかし、それでもいいのです。

「目を合わせる」「名前を呼ぶ」それがきっかけとなって状況が変わるからです。

その子とコミュニケーションがうまくいかなくても、親や友達のような第三者からの協力で

関係改善が図られるからです。ただ当てる時は全エネルギーを消費するほど気を使いますが。

なぜ塾の先生は一般的に授業がうまいのか(9)-授業担当者以外の役割-

おはようございます。WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

講師生活を20年近くやっていますが、

いまだに「もっと授業がうまくなりたい」と思い、

様々な勉強をしております。

その中でも私が大事にしてきた教えが「守・破・離」です。

これは塾の先生だけでなく、すべての仕事に当てはまる教えかもしれません。

・「守」・・・師匠の教え通りに自分のアレンジを入れることなくそのまま行う

・「破」・・・師匠の教えを守りつつ少しだけ自分のオリジナルをいれる

・「離」・・・師匠の教えはベースにあるが、完全に自分のオリジナルにする

しかし、私は「離」の後、もう一度「守」に戻り、常に原点を確かめています。

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■授業担当者以外の役割

授業がうまくなるためには、「授業担当者以外の役割」が非常に重要です。

授業がいったん始まると、教室という空間には「授業担当者と生徒」しかいません。

つまり「第三者」がいないのです。ですから、その空間は「授業担当者の舞台」となってしまいます。

自分の授業力を上げるためには、客観的な評価ができる授業担当者以外が必要なのです。

簡単に言えば、「授業見学をしてもらう」のです

(1)授業見学の仕方

授業見学にもやり方があります。

ところが授業見学のやり方を伝えていないところも多いです。

1. 極力、違う科目の先生が見学する

2. 生徒の表情をできるだけ確認する

3. 授業のストーリーをつかむ

この3つが大きなポイントとなります。

(2)違う科目の先生が見学する

違う科目の先生が見学するメリットは、「分かりやすいかどうか」がすぐに理解できることです

例えば、英語の授業を理科の先生が見学するとします。

理科の先生の中にも英語が得意な方もいますが、ほとんどは英語が苦手です。

そうすると、苦手な理科の先生でもその英語の授業が理解できるかどうかが分かるのです。

「英語が苦手な私でも、君の英語の授業が理解できた」

「子どもと同じように、英語が楽しめた」

と言ってもらえれば合格です。

(3)生徒の表情をできるだけ確認する

授業見学をしている様子を見ると、ほとんどが「板書を写す作業」に没頭しています。

そして、見学後は「板書」についてのコメントが多いです。

もちろん授業担当者が1年目や2年目ならば板書のアドバイスは貴重ですが、

それ以上に重要なのは、

・子どもが主体的になっているかどうか

・子どものモチベーションが上がっているかどうか

を見ることが大事です。

授業がうまく行っていない講師の授業は、そのほとんどが上の2点が欠落しています。

それなのに「板書」がどうのこうの、「声の大きさ」がどうのこうの、とコメントしても、

授業は改善されません。

(4)授業のストーリーをつかむ

授業には「ストーリー」があります。

80分の授業にも「テーマ」があるのです

私は「テーマ」を「山場」と呼んでいますが、

見学をしながら「山場」が何か、どうやって「山場」を作っているのか、

「山場」に来た時のクラスの空気の変化、などを見てあげることです

おもしろくない授業には「ストーリー」や「山場」はありません。

私が授業をする時は、以下のように考えます。

1.今日の授業のテーマは関係代名詞thatと同格の接続詞thatの違い

2.だから、授業の冒頭にthatを使った英文の和訳練習をさせよう

3.和訳練習を通じて子どもたちに気づかせるために、次のような発問をしよう

「このthatの役割は何?」

4.おそらく子どもの中でも数人が答えるが正解率は低いだろう

5.次にこんな発問をしよう

「thatの後ろを見て、何か気づかない?」

6.ここで先ほどよりも多い子が何かに気づくだろう

7.そしてthatの違いを板書しよう

8.さらに数問やらせてみて、自分で見分けられるかどうかにチャレンジさせよう

9.答え合わせで自信を持たせよう

10.最後に入試問題を扱って達成感を持たせよう

なぜ塾の先生は一般的に授業がうまいのか(8)-授業以外でのコミュニケーション-

おはようございます。WEST-TOTAL-EDUCATIONの西です。

昨日はあるお店で携帯電話の新たなプランの説明を受けましたが、

全く理解できない説明でした。

店員さんは自分の言いたいことだけを言って、

こちらの状況を理解せずに、ただ「お安くなりますよ」

と言うばかりです。

私はCというプランに加入しているのに、

まるで私がAのプランに入っていると思い込んで、

「最大で2000円の割引です!」

と力説しています。

私の実情に合っていない上、

紙に書きながら説明せず口頭での説明ばかりでしたので、

うんざりしました。

■授業以外でのコミュニケーション

あなたも上記のような説明をしていませんか。

生徒とコミュニケーションをとっているようで、

コミュニケーションが取れていない、そんなことはありませんか。

・生徒の心の声に耳を傾けていますか?

(1)「聞く」に徹する

先生は職業柄「しゃべりたがり」が多いです。

そして「自分が言うことが正しいのだ」と勘違いしている先生も多いです。

しかし、正しいのは「聞く」ということです。

生徒の話、保護者の話に共感することが大事であり、

生徒や保護者が自ら「解答」を見つけられるようにしなけばなりません。

そう、あなたは「サポーター」です。

(2)塾以外の時間に目を向ける

人はどうしても「見えている時間」を大切にします。

しかし、週に2回、1回3時間ほどしか滞在しない生徒の何をあなたは知っていますか?

・「塾に来ていない時間」に目を向ける

・あなたが「見えていない時間」に目を向ける

それが大事なのです。

・部活、遊び、趣味、学校・・・

例えば、いつも元気な子がとても暗い表情で塾に来た場合、

能力のある講師ならばその「違い」に気づき、声をかけます。

普段から「違い」を意識しているかどうかです。

私は入社当時、ある先輩から「髪型、服装もチェックしろ」と言われたくらいです。

(3)見守る

あなたが直接授業をしていない、またはその子を教えていないと仮定します。

それでも、その子は「あなたの塾の生徒」です。

たとえ教えていなくても、「わが子」と思えるかどうかです。

そしてその子に「あなたという存在」を知ってもらわなければなりません

では、どうするのか。

とても簡単です。

「元気?」

「勉強は順調?」

「(自分が担当していてその子に教えていない科目について)○○は大丈夫?」

「コンクールで優勝したんだって?すごいね」

「○○先生が、『頑張っている』って言っていたよ」

と声をかけてあげたり、

授業前に教室に入って行って特に何もせずに教室内をぶらぶらしたりするだけでも、

「あなたという存在」がきちんと伝わるのです。

子どもは「この先生も、あの先生も私のことを気にかけてくれている」

と思うでしょう。

これが「面倒見の良い塾」だと私は思います